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2012年10月24日 (水)

坂東33観音札所22番・佐竹寺

10月18日(木)、坂東観音霊場ツアーに参加しました。

今回は茨城県の佐竹寺と日輪寺です。

ツアー参加は今回で4回目ですが、またもや朝から小雨が降って

いました。ツアーは便利ですがお天気だけは選べませんね。

横浜7:30集合・7:38出発=浦和8:44東北自動車道=羽生PAトイレ休憩

栃木都賀JCT9:42北関東自動車道=友部JCT10:23常磐自動車道

那珂IC10:35一般道=佐竹寺11:01~11:51

常磐自動車道で行く予定でしたが、事故渋滞があったので、

だいぶ回り道をしたようです。運転手さん、お疲れ様でした。

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車窓からの眺め。

今回も東京スカイツリー。右は北関東自動車道から眺めた田園風景。

茨城県常陸太田市天神林町2404

妙福山 佐竹寺 真言宗豊山派

ご本尊 十一面観世音菩薩

納経代 300円

佐竹寺は、鎌倉時代から江戸時代にかけて常陸国を支配した佐竹氏

代々の祈願所。寛和元年(985)に花山天皇の勅願を受けて元密

が創建したと言われている。天文12年(1543)に兵火によって焼失

同15年(1546)に佐竹義昭によって、現在の天神林に再建された

天正18年(1590)には6支院と3ヶ坊を要する大寺となり隆盛を極め

たが、佐竹氏が関ヶ原の戦いで豊臣方についたため、秋田移封なり

寺運はしだいに衰えた。それでも江戸時代は坂東33観霊場の22番

札所として賑ったが、明治に入っての廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)により

荒廃し、昭和24年(1949)まで無住の寺だったとのことです

Sdsc00900

Sdsc00903_2 Sdsc00902

山門(仁王門)は昭和15年に再建されたものだそうですが、

安置されている金剛力士像(仁王)像は宝永年間(1704~1711)

の作とされているそうです。

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仁王門の佐竹氏家紋・「月印五本骨軍扇」

Sdsc00915

どっしりした茅葺屋根、寄せ棟造りの本堂は国の重要文化財に指定

され、ご本尊の十一面観世音菩薩は聖徳太子が彫ったものと言われ

ています。本堂は城の鬼門よけとして北向きに建てられています

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窓や梁など、桃山建築の遺構が残されています。

Sdsc00910
正面中央の唐破風にも佐竹氏家紋が・・・

Sdsc00916_3

昨年の東日本大震災で石塔は崩れましたが、安土桃山時代に造ら

れた本堂はびくともしなかったそうです。先人・宮大工の技術の高さ

に改めて感動を覚えました。

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ご朱印とご詠歌

ひとふしに 千代をこめたる 佐竹寺 かすみがくれに 見ゆるむらまつ

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坂東三十三観音巡り」カテゴリの記事

コメント

おはようございます!
バスツアーはあいにくのお天気でしたが
「佐竹寺」に着くころは止んでいましたか?
写真はきれいに撮れてますね〜
ご本尊は聖徳太子が彫られたもの...。
震災にはびくともしなかったとあります。
すばらしい建造物ですね。
「寄せ棟造り」というのですね
勉強になりました。

hiroさん こんにちはcat
あら~、又雨でしたか・・・。
文を読む前に、さっと写真を拝見して立派な茅葺屋根だと思いましたが
安土桃山時代に建てられたのですね。
あの震災にもびくともしなかったとは、仰るように昔の宮大工さんの
技術はすごいですね。
寄棟造りは普通の家でも強いそうですね。

ryoさん、こんにちは~♪

この日は一日中雨でしたが、ウインドーブレーカー
の帽子だけで済むくらいの小雨だったので良かったです。
坂東観音霊場各所のご本尊は聖徳太子とか
弘法大師によって彫られたものが多いように思います。
この辺は福島県に近く、お茶とリンゴの産地なのですが、
昨年は全く出荷できなかったそうです。
今年は放射性セシウムは基準値以内でどちらも
出荷できるようになったそうです。
それを聞いただけでも良かったと思いました。

catミミさん、こんにちは~♪

先週は一週間に一度しか雨は降りませんでしたが、
その一度の雨にまた降られてしまいました。
もしかしたら私が雨女なのかも・・・(笑)
日本最古の木造建築は法隆寺といわれていますが、
火災にさえ合わなければ、その頃の寺社仏閣
はもっと残っていたかもしれませんね。
宮大工さんの技術も大したものだと思いますが
杉やヒノキも腐らずによく長持ちするものだろうと
感心しました。

hiroさん こんばんは
坂東観音霊場ツアー、こうしたツアーは
普通の観光目的のバスツアーと違い
道中、又終えた後の心の安らぎが
違うのではと思います。
佐竹寺、鎌倉時代から江戸時代ですか
歴史あるお寺なのですね。
年号を見ながら思いを馳せています。
山門の金剛力士像は力強いですね。
作られた当時はもっと威厳を放っていたのでしょうね。
茅葺屋根、寄せ棟造りの本堂は美しく
本当にどっしりとしていますね。
安土桃山時代に造られて、地震にも強いのは
やはり宮大工さんの技術でしょうね。
素晴らしいです。


歴史の重みと重量の重みを感じさせる建造物ですね。
歴史的背景から当時の権力者の気持ち一つで
信仰のあり方が変わった時代ですからね。
それでもこうして再び日の目が見れるのですから
歴史的および教育的見地から言っても貴重な復活だと思います。

少しの間にすごい年月が込められている佐竹寺
霞がかかった向うに松の木が見える

そう解釈したけど・・・
どげんでしょう?

すみれさん、こんにちは~♪
おっしゃるように、坂東観音霊場ツアーはレジャー
ではないと先達さんもおっしゃっていました。
ですのでツアーでは必ず立ち寄る、お土産屋さんには
寄ったことがありません。
トイレ休憩や昼食の時間にお土産屋さんが
あれば寄る程度です。
これに参加するまではお経などは一度も唱えたことは
ありませんでしたが、観音経を唱え、お祈りをすると
なぜか心が安らぐようになりました。
今回は古い国宝ということなので、火災の予防のためか
お線香もお灯明もあげず、内陣にも入れませんでしたが、
外陣でお参りをしているだけで厳かな気分になりました。
西洋の教会とは異なり、華やかさはありませんが、
幽玄な雰囲気が素敵でした。

ピースオレンジさん、こんばんは~♪

関ヶ原の戦い前までは佐竹氏は常陸国(茨城県)を治め、
54万石という当時の全国大名の石高では8番目の
大大名だったそうですが、豊臣方についたため、その罰として
秋田藩21万石へ減封となったそうです。
それに伴い佐竹寺も衰運を辿りましたが、どうにか復活し、
いま、このようにお参りできることは感慨深いものがありました。
慎ましい中にも凛とした佇まいが美しいお寺でした。

ご詠歌の解釈はよくわかりませんが、
多分、ひとふしというのは今も庫裡に残っている「一節の竹」のことで
長さ20尋?に1節しかない奇竹だそうです。
この竹を出世の瑞兆ととらえ初代・昌義は姓を佐竹に改めたそうです。


hiroさん    今晩は!
ツアーはお天気が気になりますね。
小雨でよかったですね。
私も22日から2泊3日で信州に紅葉を見に行き、
戸隠神社 中社 奥社 九頭龍社の参拝をしてきました。
23日はあいにくの小雨で、戸隠古道 ウオーキングは坂道が大変でした。
札所周りの方々もいらっしゃいました。

佐竹寺は歴史のある古いお寺ですね。
茅葺屋根 寄棟造りの本堂はすばらしいです。
震災にもびくともしない建物とは、宮大工さんの技術もさすがですね。
聖徳太子が彫られたとゆう十二面漢音菩薩は見事でしょうね。

えつままさん、こんばんは~♪

まぁ、戸隠神社に行かれたのですか。
紅葉が綺麗だったでしょうね。
夫は来月の15、16日に蕎麦打ち会の方たちと
マイクロバスをチャーターして戸隠方面に
新蕎麦を食べに行くと言っていました。
観光もするそうなので、戸隠神社にも行くかもしれませんね。

23日はこちらも雨でした。
雨の中のウオーキングは大変でしたね。

佐竹寺は国宝で、火災予防のためか
お線香もお灯明もあげられませんでした。
内陣にも上がれなかったので、十一面観音菩薩も
見られなかったのですよ。でも歴史が感じられる
素晴らしいお寺でした。

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